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クリエイティブ起業のすすめ

デジタルコンテンツなどのクリエイティブ分野で起業を目指す人に向けて、自分の体験をベースに役立つ考え方やノウハウを提供したいと思っています。

シリコンバレーで学ぶ③ ボルテージUSA、悪戦苦闘の4年

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株式会社ボルテージ
代表取締役会長 ファウンダー
津谷祐司

 本シリーズでは、停滞する日本が「新ビジネスを次々生み出すシリコンバレー」から学ぶべきものは何か、を考えている。これまで、「キャリア自力開拓の精神」と「トップダウン型のリーダーシップ」を取り上げた。

 今回は、「ボルテージUSA、悪戦苦闘の4年」をとおして学んだ、シリコンバレー流の組織づくり、商品づくりを紹介する。

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◆赴任した日本人リーダーと未経験の20代アメリカ人で出発

 2012年から始まった「Voltage Entertainment USA」(SFスタジオ)の1年目は、さまざまな問題が頻発し、成果を出すどころか、組織すらうまく回らなかった。その原因となったのは、ボルテージ日本本社とのギクシャクした関係性、もう一つは我々日本人リーダーと現地採用組の対立だ。今思えば、僕の米国流マネジメントの理解不足と、キャリアのある現地人材を集められなかったことが原因だった。

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 日本から赴任したのは、経営陣として津谷と東、中堅の現場リーダー2人の計4人。最初に現地で採用したのは、日本アニメが好きという若い女性たち数名のみである。みなエントリー(基礎的職種)としての採用で、前職は店頭販売員など、デスクワークは初めてという人もいた。当時、米国のアプリ市場は始まったばかりで、シリコンバレーでもアプリ制作の経験者は少なかった。そもそも、米国で何の実績もない小さな日系企業にピカピカの経験者が応募して来るわけがない。ゆえに、日本人リーダーが、素人の彼女たちにHTMLの基礎を教えるところから始めざるを得なかった。
 アプリのエンジン・システムは日本本社で活用していたものを流用し、米国ではストーリーとイラストのみを作成することにした。ライターは簡単に見つかったが、イラストレーターは数が少なく、探すのに一苦労だった。改めて、マンガ産業にかかわる日本の人材層のブ厚さを痛感した。

◆日本本社の開発部門に頼りすぎ、日本人と現地組が対立

 P2P型のリアル絵アプリを2,3本をローンチさせ、現地スタッフも制作に慣れてきたころ、「本社の開発部に依頼した仕事の戻りが遅い」という声が上がるようになった。

 米国側から見ると、ちょっとした改修でも、変更内容をイチイチ文章化して本社にメールしなければならない。しかも、返信が来るのは時差のため翌日。SFが2、3時間で済むと思う小さなエンジン改修も、「複数のアプリにまたがるので1カ月後」と日本から回答が来る。SF20人と日本本社500人。双方の組織体制およびスピード感に大きなズレがあった。

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 日本本社でも改修案件は常に山積みで、赤字のSFは優先順位を下げられ、どうしても後回しにされる。SFの現地スタッフは、こちらの制作ペースが上がらないのは「本社の仕事が遅いからだ」、本社は「SFをそこまで優先できない」と、お互いの関係性がギクシャクしてきた。

 その後徐々に、「自前の開発陣を持ちたい!」という声が大きくなっていったが、津谷・東は、スタッフたちに次のように説明した。「コストがかかりすぎる。また、一旦部隊を抱えると、遊ばせるわけにいかないので、企画・制作がじっくりとクリエイティブの試行錯誤をする暇がなくなる」と。口には出さなかったが、開発部隊が暴走する危険性もあった。「制作がしっかり回るようになってから」と説得した。

 そんな双方の意識のズレから始まり、我々日本人経営側と現地スタッフ側の対立が激化していく。さらに現地スタッフたちの不満の対象は、制作体制だけではなく待遇面にまで拡大……。具体的には、タイトル(職種名)、ジョブディスクリプション(職務記述書)、残業時間についての改善を手厳しく要求された。

 しかし、経営側としては、米国流の組織づくりを学ぶいい機会と前向きに捉え、労務問題の解決に腰を据えて取りかかることを決めた。まず、弁護士に米国の労働法を解説してもらい、改善すべき点を洗い出していった。その後、時間をかけて現地スタッフ一人ひとりと話し合い、合意を取り付け、タイトルとジョブディスクリプションを全面的に見直した。給与額も調整した。感情的な軋轢を生じる作業で、大変な負担となったが、米国人の労働観を直に知ることができ、この寄り道がその後の組織運営に大いに役立つこととなった。


◆1~2年目の結果と反省。3年目に向かって人材レベルを上げる

 1~2年目の結果としては、P2P型のリアル絵アプリを8本出すことができた。しかし、制作と更新を進めるのが精いっぱいで、大ヒットするまでには至らなかった。ボルテージの強みである「KPIに基づいたPDCA」も導入したが、これが廻り切らなかったこともある。反省点は、先にも説明したとおり、現地スタッフの待遇や残業問題の解決にエネルギーを取られてしまったことだ。感情的な対立により、企画や制作への集中がそがれてしまった。

 2人の日本人リーダーが若すぎた、ということもあったと思う。彼らは十分頑張ってくれたのだが、与えられた環境でしっかり成果を出すためのトレーニングが足りなかった。津谷・東の米国理解不足も大きい。

 ベンチャーの成功は、核となる人材を集められるかどうかにかかっている。僕は「5人の壁」と呼んでいるが、これが一番重要な鍵だ。経営者以外に、商品・システム・販売・組織運営の4部門で、優秀な専任リーダーを集める。すると、「リーダーが揃う→売れる商品が出せる→会社が成長する→さらに良い人材が集まる」というサイクルを、途切れなく、高速で回すことができるというわけだ。

 しかし、優秀なリーダー層を集めるのは至難の業だ。資金調達より何倍も難しいと思う。僕が日本でボルテージを起業したときは、納得できるリーダー層=「5人の壁」が揃えられたのは、創業してから7年目だった。

 異国ならではの様々なトラブルが障壁となり、スタートからごたごたが続いたSFスタジオ。早急にリカバリーするためにも、経験豊富な米国人リーダーの採用を急がねばならない。そう考え、1年目の半ばには、経験者の採用を開始していた。


◆30歳リーダー層を4名採用。初のSFスクラッチに挑む

 そして3年目。自前の開発部隊を備え、初のSFスクラッチ(まったく新しくゼロからの開発)へ挑戦することを決断。企画・制作の英語版フォーマットは揃ったし、経理・人事の制度面も最低限は整えることができた。その間、不満ばかりが多くて成果が上がらない社員は、申し訳ないが辞めてもらった。

 4名の30代米国人を採用し、リーダー候補とした。コンソールゲームの経験がある者、制作経験はないが日系企業で働いた経験を持つ者などだ。半年ほどの練習期間を経て、いよいよ彼らに、リアル絵アプリの実制作を任せることになる。危なっかしく見えたものの、津谷・東は、進行になるべく口を挟まないようにして見守った。制作チーム内で企画プロセスは順調に進んだのだが、その後、開発チームとの連携をする段階で躓くことになった。

 結論から言うと、当初、9カ月とみていた開発が延び延びになり、13カ月にもなってしまったのだ。その4カ月の間、マーケティングチームは仕事がなくブラブラすることになり、コミュニティー運用作業でなんとか時間をつぶしてもらったが、当然、彼らの人件費が丸々無駄になってしまった。全社の雰囲気もかなりどんよりしていたように思う。

 では、なぜ遅れが生じたのか? 制作リーダーにその原因を問いただすと、「もっと前に出せていたはずなのです」と言うだけ。制作チームと開発チームの意思疎通が取れておらず、問題の原因を追究し、解決するという基本がまったくできていなかった。「できた」と思ったらバグが見つかり、「あと2週間かかる」というトラブルが4カ月の間に何度も続いたのだ。残念ながら、3年経った時点でもSFスタジオの組織はうまく回っていなかった。


◆ローンチ間際に、開発リーダーが突然、逃げた

 それでも、先のアプリがようやくサブミット(プラットフォームへの申請)にこぎつけたのだが、またしてもバグが見つかり、このタイミングで開発リーダーは「完全に修正し終えてから、もう一度サブミットしたい」と言い出した。それを行うとさらに1カ月は必要で、次に控えるF2Pアプリ(以下F)のローンチが確実に遅れてしまう。これには日本から来た新任のプロデューサーも蒼白となった。僕は、「このアプリの修正は据え置きして、Fを進めよう」と全スタッフに向けて発表した。つまり損切だ。さまざまな予測を分析したうえの思い切った決断だった。

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 その翌週の月曜日、出社すると社内が騒然としていた。僕の方針に納得いかなかった例の開発リーダーが、オフィスのキーカードだけを残して突然辞めてしまったのだ。しかし、スタッフたちは意外に冷静というか、むしろ晴れ晴れしていた。聞けば、その開発リーダーはかなりの偏屈者で、皆、彼とのコミュニケーションに苦労していたらしい。確かに、僕が何度言ってもスケジュールを作らなかったし、その理由を尋ねると「それをすると作業が1日遅れるから」とおかしなことを言う。リーダーとして自信がなかったのかもしれない。

 早速、残ったリーダーたちを集め、当面のスケジュールを相談。システムのリーダーとして2番手エンジニアを任命し、Fの開発に取りかかってもらった。スタッフたちからさらに詳しく話を聞いてわかったのは、突如辞めた開発リーダーは、極端な完璧主義者で、ローンチの期日を守るより、プログラムの完成度を厳守するタイプだったということ。部下が生じさせたバグを部分修正するのではなく、自分で一から作り直すつもりで1カ月必要と言っていたのだ。こうした完璧主義は、コンソールゲームの文化だ。製品がCD-ROMだから、世に出したら最後、修正ができない。だから、発売前に何度もテストを繰り返し、完璧にしてから出す。しかし、我々アプリ系は、ローンチ後の修正は当たり前の文化。70点の仕上がりでも、とりあえず世に出してしまうほうが得なのだ。

 結果として、スクラッチに挑戦したアプリは不十分なままのローンチとなったが、これ以外にローンチした翻訳系アプリ8本には、熱心なファンが付き始めた。3年目の結果としては、利益こそ出せなかったが売上水準は向上した。また、Fエンジンの開発の半分が完了した。しかしながら、30代のリーダーはまだまだ育っていない。4年目は、彼らの教育からやり直さなければならないと考えた。


◆進行管理とコスト管理のやり方をコーチン

 30代のリーダーたちがもたついていたのは、僕の見たところ、進行管理スキルの不足が原因だ。さまざまなことを任せっぱなしにしたのが間違いだった。

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 そこで僕自身が陣頭指揮を執り、彼らに直接「スケジュール管理」「コスト管理」「更新管理」のコーチングを実施することにした。いい加減だった各種フォーマットを整備し、毎週の会議で細かくチェックする。拙い僕の英語ではあったが、遠慮なしにビシビシ指導した。

 プロジェクトの開始前にスケジュールをしっかり作る。制作・開発を着手した後は、毎週、チーム全体が集まり、スケジュールを確認し修正を行う。問題があれば、原因を話し合い、対策を講じる。こういう進行管理の基本から教えていった。さらに、社内人件費や外注のコストの管理も教えた。

 完成された組織で働いていると、ルールに沿って作業するだけで進行管理ができてしまう。しかし、そのルール作りから始めようとすると、そうはいかない。スケジュール作りやチェック会の勘所がどこにがあるのか、なぜそうするのかを意識的に理解していないと無理だ。組織やプロジェクトをゼロから立ち上げたリーダー経験がないと、難しいだろう。僕は、広告会社でも映画留学でも、リーダーの役割や仕事、その要点をしっかり学んできたつもりだ。

 東京本社の恵比寿スタジオは、ボルテージの紹介本でも詳しく書かれているが、詳細なマニュアルとフォーマットが整備され、それに沿うことで、定型の業務が誰でもしっかりこなせるようになっている。これは数年がかりで整備した強固な仕組みだ。ここ、シリコンバレーで同じような仕組みを作るには、もう少し時間がかかりそうだ。

 

◆40代後半リーダー層を採用。ようやく先が見えてきた

 その後、マネジメント、アート、システムの各部門で40代後半のシニアリーダーを採用することができた。3人とも10年レベルの専門スキルを2、3分野にわたって有しており、十分な実力を備えている。また、無駄な力が抜けている点もいい。


 30代のリーダーだと、部分最適に固執したり、過剰な機能を盛り込みがちだ。例えばエンジニアの場合、既存のシステムの欠点を並べたて、新しく作り直すことを提案してくる。ほぼ全員がそうする。一方40代後半のリーダーは、稼働しているものは温存し、最低限の追加改修のみを行う。また、部下の使い方もうまい。腕の悪い部下がいたとしたら、30代のリーダーは熱心に指導してしまうが、40代後半のリーダーは、彼らの職階を一段下げることで仕事のペースを落とさせ、指導は最低限にして本人の奮起を待つ。社会人なんだから、上司がすべて面倒みる必要はないだろう。

 こういったことは、僕自身もそうだったが、長いリーダー経験の中で失敗を重ねながら身に着けるものだ。優秀なリーダーを育成したいなら、あるレベルに達したと思えたタイミングで、おっかなびっくりでも重要なプロジェクトを任せて悪戦苦闘してもらうのが一番だ。見込みがあってやる気のある30代には、そういった経験を与えるべきだとつくづく感じた。

 4年目の結果としては、翻訳型アプリを6本、ドラゴンタイトルを1本ローンチし、さらに、初のFのベータ版も出すことができた。「ドラゴン」とは、絵柄は日本のアニメ絵だが、登場人物や舞台は米国人、米国都市とした新ジャンルだ。サンフランシスコで大人気の、日本の寿司をアメリカナイズした「ドラゴンロール」という巻きずしにちなみネーミングした。さて、津谷・東がシリコンバレーを離れ、帰国するまで残された時間はあと半年。さらに強い組織および仕組みづくりを急がねばならない。
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◆これからのボルテージUSA 世界展開の拠点に

 一般に、これからのアプリ市場はF2Pが主流であり、P2Pは早晩すたれるもの、と思われている節がある。しかし、僕の認識ではP2Pには落ち着いて楽しみたいと考える一定のファンがいる。よって、P2Pに関しては、定期的なローンチペースを確立し、スタッフ育成につなげていきたい。一方、F2Pのほうは、立ち上げまで1年半かかったエンジンが、ここにきて枯れてきたため、改善しながらユーザー満足度の向上に励みつつある。また現在、複数の新たなエンジン開発も進めており、手ごたえはある。黒字化も近いのではないだろうか。

 今後は、P2PとF2Pをバランスよく組み合わせながら、恋愛アプリの楽しさをアニメファンのみでなく全米の一般層にも広めたい。

 5年目を迎えた今、SFスタジオは当社の世界展開の要になると確信している。日本語→各国語への展開は難しいが、英語→仏語、独語、西語、中国語への展開はかなりやりやすいからだ。近い将来、それら世界各国への拠点づくりを手がけていきたい。

 

##column
シリコンバレーの起業家の6割は移民。移民の活力が国力を伸ばしている

 インテル、イーベイ、ペイパル、ヤフー、グーグル、サンマイクロシステムズ(現オラクル)、NVIDIA、Juniper Networks、インスタグラム――これらベイエリアに本社を構える有名企業に共通することが一点ある。創業者(若しくは共同創業者)が、外国生まれの移民一世なのだ。

 シリコンバレーのハイテク従事者の64%は、外国生まれの移民一世である。特にインド、台湾、イスラエルからの移民が多いようだ。

 アプリの世界では、一旗あげたい全世界のアントレプレナーシリコンバレーに結集し、しのぎを削っている。この圧倒的な多様性と試行錯誤から、次々に新しいもの=イノベーションが生み出されているのだ。我が国も、シリコンバレーの起業家を育み育てる生態系を参考としながら、本気で日本独自のマネジメント手法、起業文化を確立すべきタイミングが到来したと考えている。

構成/菊池徳行・馬島利花(ハイキックス)

2016/05/20執筆 再掲