クリエイティブ起業のすすめ

デジタルコンテンツなどのクリエイティブ分野で起業を目指す人に向けて、自分の体験をベースに役立つ考え方やノウハウを提供したいと思っています。

シリコンバレーで学ぶ① キャリア自力開拓の精神

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株式会社ボルテージ
代表取締役会長 ファウンダー
津谷祐司

 

 サンフランシスコに子会社「Voltage Entertainment USA」(SFスタジオ)を設立し5年目。これまでに10億円投資し、現スタッフは30人。まだ赤字だが、経営にシリコンバレー流を取り入れることで黒字化が見えてきた。
 
 この3回シリーズで話したいのは、停滞する日本が「新ビジネスを次々生み出すシリコンバレー」から学ぶべきものは何か、ということだ。1回目の今回は、シリコンバレーで働く人のキャリアパスに対する意識、行動をみる。

   

◆「道は自分で切り開く」この精神が、ビジネスの新陳代謝を引き起こす

 

 そもそも日本の停滞の原因は何か?日本人の頑張りや能力が低下したのではない。前時代のやり方を引き摺っているからだ。
 
 戦前の話だが、日本もシリコンバレーと同じ「即戦力採用・途中解雇」が一般的だった。ところが戦後、偶発的に「新卒一括採用・終身雇用・年功序列」という仕組みが生まれた。これは、人口急増を背景にほぼ全ての業界が一律に右肩上がりとなったため、企業が人手不足を解消する必要に迫られたからだといわれる。内部に人材を留保するための施策だったのだ。この仕組みは時代に合致し、40年に渡る成長の基礎となった。
 
 しかし90年代前半、日本は人口減少にともなう成熟期に入った。以来、20年の停滞だ。国内消費のパイが大きくならないのだから、社会を活性化させる方法は新陳代謝しかない。そこで、シリコンバレーから新しい発想を得たい。

   
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 SFスタジオの設立時、スタッフは一から募集し、採用した。他社は地元企業を買収する形が多く、我々のスタイルは珍しかったと思う。僕はかつてUCLAで自主映画を作っていて、新聞広告で俳優やカメラマンを集めていたので、やるなら全部自前で、という感覚があった。1000枚のレジュメ(履歴書)と300名のインタビュー(面接)を重ねたが結果、日本とシリコンバレーの職業観の違いを目の当たりにした。
 
 彼らは「自分の道は自分で切り開く」という意識がとても強い。日本人は真逆で、会社任せという意識の人が多い。移民国家では主張しないと埋没し、ムラ社会では主張するとギクシャクする、という背景もあるが、直接的には「新卒・終身・年功」の影響だ。
 
 シリコンバレーが強いのは、この「自力開拓の精神」が「ビジネスの新陳代謝」を引き起こしているからだ。受け身体質のままでは、日本はいつまでたっても活性化しない。グローバル競争にも勝てない。シリコンバレー的「自力開拓の精神」を取り入れるべき時が到来している。

   

◆就職の際は、自力で職種を決める。自分の力量と市場性を客観視する力

 

 自力開拓が最初に現れるのが就職時だ。日本では、入社時には職種は決まっておらず、研修などで適性を見極められ、マネジメントが配属を決める。しかし、シリコンバレーでは営業なら営業と、完全な「職種採用」だ。自分で職種を決め、応募しなければならない。
 
 人気職種は競争が激しい。かといって、花形の仕事に就きたい若者が、能力を考え第二志望にターゲットを変える、といった決断をするのは難しい。日本のようにベテランによる判断の方が当面のマッチング精度は高いだろう。
 
 しかし、自分の力量と市場性を客観視することは、大きな力になる。それを繰り返すことで、有望市場を見極め、自分の価値を高めることにもつながるだろう。この力がないと時代遅れの職種に居続けてしまうかもしれない。
 
 では、シリコンバレーの新卒が「最初の職種」を見いだす手立ては何か? それは、大学の夏休みや、卒業後のギャップ・イヤーに行われるインターンシップだ。
 
 就職前、仮採用のかたちで、エントリー(基礎的職種)やアソシエイト(補助的仕事)を経験する。例えばゲーム業界では、「QA」(品質テスト)というエントリーカテゴリーがあり、ユーザー視点でゲーム評価をするが、エントリーの仕事はこの手の、浅く広く業務全般をサポートするものが多い。
 
 続けるうち「自分にはこれが向いている」と明快になる。1年後には、希望職種での正式採用を掛け合ったり、募集中の他社にアプライするようになる。日本にも「1日インターンシップ」「初期ローテーション」はあるが、今後はこのような「半年インターン」「エントリー職種」の活用も考えるべきである。

                         

◆20~30代は、よいレジュメを書くために役職と実績を手に入れる

 

 就業後はタイトル(肩書)に非常にこだわる。例えば、プロデューサーには、下からアソシエイト、ジュニア、プロデューサー、シニア、リードと5段階あるが、ほとんどの人が面談時に「次の契約からは1つ上げてほしい」と堂々と言ってくる。少し図々しいくらいだ。
 
 「上の仕事を十分こなせるから昇格したい」ではなく、「不十分なうちに昇格し、それから足りない技量を身に付けよう」という意識。背伸びをして自分を鼓舞する。日本人には、「地道に頑張っていれば黙っていても上司が」という沈黙の美学があるが、彼らの意識は真逆といえる。
 
 実績獲得にもこだわる。「こんなヒットゲームをつくりました」「このプロジェクトのこの部分を任されました」といった、非常に分かりやすい実績を欲しがる。極端にいうと、実績にならないことはやらない。手が空いたから同僚を手伝う、もない。一時的にサポートに回ってほしいときは、それ専用の肩書をつくってあげたり、きちんとしたプロジェクト名を与えるなど、本人がレジュメに書きやすい形にする必要がある。

       
ジョブディスクリプション
  

 なぜ、それほど肩書や実績にこだわるのか。もちろん昇格すれば裁量も給料も上がるからだが、実は転職によるステップアップが基本だからだ。本当の実力はレジュメの70%でも、面接では120%で猛アピール。目いっぱい背伸びして得た肩書は、次の職場でも原則そのまま適用される。「最強のレジュメ」を書き、転職を活用してホップ・ステップ・ジャンプ。キャリア開拓の強力な武器にするというわけだ。
 
 こうした彼らの意識を上手に活用するために、雇用側は、職種と役職ごとに職務内容を明文化することが必須で、「ジョブ・ディスクリプション」という書式を用いる。シリコンバレー進出初期、僕たちがもっとも頭を悩ませたのが、この記述だ。しかし、これがあることで、責任範囲が明確、評価がシンプル、残業が減るなどのメリットがある。

       

レイオフさえ、キャリアチェンジや起業のきっかけ

 

 シリコンバレーの特徴のひとつは「頻繁なレイオフ」だ。1人の社員に対して、2~3年ごとにその波がやってくるイメージだろうか。自発的な転職より、レイオフされての転職のほうが多いくらいだ。しかし彼らはたくましく前向きに、それをキャリアチェンジのきっかけとしてとらえている。
 
 レイオフの多さは、新陳代謝の激しさを表している。シリコンバレーでは、ほぼ2~3年おきに新しいビジネスモデルが流行る。企業は変化に対応しようと必死だ。最近では、音楽配信やシェア・エコノミーのベンチャー企業が乱立したが、多くが淘汰された。従業員に対しても「最新分野に貢献できない人材は去って頂く」というのが当然なのだ。

       
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 ある職種の募集が多いということは、その仕事に先があることの証だ。給料が高い職種は、超売り手市場で、今でいえばAI技術者やデータサイエンティストだろうか。それでも生き残れるのは一握りだが。逆にレイオフが多い職種は、先がない仕事ということ。そこにいる人は、できるだけ早く別のスキルを身につけるべきである。明解なのだから、迷わず必要とされる分野を見極め、スキルを学び、関連のベンチャーに移って活躍すればよいのだ。

   


         
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 シリコンバレーには、社会人向けの学校がたくさんある。キャリアチェンジするなら、職探し前に1年勉強し、新たな資格を取るなどは普通で、働きながら夜間や週末に学校に通う人も多い。スキルは会社の武器ではなく個人の武器だから、会社の研修を待つのでなく、自力で身に付けるというスタイル。
 
 また、大学院やプロフェッショナルスクールなど、高いレベルの選択肢も用意されているから、30代を過ぎてのキャリアチェンジも不思議ではない。
 
 「起業経験あり」という話もよく聞く。シリコンバレーでも起業の成功率は低く、1~2年で閉じたという話が多いが、失敗から得た経験が役立つことはわかっているから、それを堂々とレジュメに書いてくる。ただし僕は、注意深く話を聞いて、商品づくり・販売・組織運営の分野で大して学びを得ていない場合は、いっさい評価しない。
 
 ちなみに、レイオフが多いといっても、横暴な方法が許されているわけではない。レイオフが許されるのは、事業縮小や撤退のための人員削減のみ。当然だが、能力不足を理由に特定の個人を馘首にしてはダメ(この場合は適正な職階に降格すべき)。例えば、対象部門の人が集められ、「右半分は解雇、左半分は残留」など、恣意性を排除したやり方が求められる。だから、レイオフされた人も、日本のように「本人の能力不足」と受け取られることはない。

         

◆これからの世界競争は、新陳代謝のスピードが勝負

 

  話は少しそれるが、日本の新陳代謝について。「日本は産業構造の進化が遅い。その原因は、既存企業の保護や雇用維持を重視するからだ」とよく言われる。衰退分野の企業が社員規模を維持したいとなると、撤退すべき事業を引きずり、新規事業立ち上げのエネルギーが損なわれる。
 
  雇用維持の考えは成長期には適合していた。働く側にとっても短期的には有利だ。しかし、一時的な痛みはあってもレイオフにより新陳代謝のスピードが速まることで、成長分野のベンチャー企業が生まれやすくなり、結果、社会全体として働くチャンスが増える。そのほうが正しいのではないだろうか?

       
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  シリコンバレーはそのサイクルが圧倒的だ。ITだけでなく、バイオ、電気自動車、宇宙航空、農業技術などの新しい産業へ積極的に人材が移動する。しかし日本ではIT以外の分野に新しい企業がなかなか出てこない。
 
  戦後の日本経済は、殖産興業から加工貿易へと構造変化が一気に進んだ。敗戦が経済成長のきっかけとなった。しかし、今の日本にそんな激変は起こらない。家電やパソコン産業は、構造的立て直しもなく、ずるずると衰退している。
 
  国の成熟度に合わなくなった産業はあきらめ、高度な先進分野にチャレンジすべきだ。IT業界での「高い流動性」、一般企業でも「早期退職」「正社員数の抑制」は当たり前になっているが、日本に合った新陳代謝の方法を真剣に考えるべきタイミングだ。  

   

◆意欲ある人ほど大企業がゴールにあらず。40代はマネジメントを目指す

   

  彼らは仕事の最終ゴールをどこに置いているのだろうか?
 
  日本だと、いまも「大企業の役員に登り詰める」という考え方が根強い気がするが、シリコンバレーでは、そういう考え方は少数派だ。
 
  若いうちは一度くらい大企業を経験してみたいかもしれないが、40~50代になって十分な経験を積んだ後は、企業規模の大小にこだわらないように思える。自分で会社を始めたり、中堅企業でマネジメントの立場に就いたり、という人が多い。よく聞くのは、一流のビジネススクールで最高成績の学生は起業を考え、企業幹部やコンサルティングファームを目指すのは2番手グループという話。レベルが高くなるほど、自力開拓の考え方が強くなるといえる。  

       

シリコンバレーは意外と広い。現地にオフィスを構えるなら……

 

 “シリコンバレー”と呼ばれる一帯には、大きく分けて2つのビジネスエリアが存在している。フィッシャーマンズワーフなど観光資源の多いサンフランシスコと、スタンフォード大学などのあるサンノゼだ。日本に例えるなら、前者は新宿・渋谷・六本木。比較的独身者が多く、繁華街が発達しているイメージ。TwitterZyngaUberなどのITサービスやエンタメ関連のオフィスが集まり、「エンタメ企業の聖地」といわれている。一方、後者は、神奈川の厚木といったところ。ファミリーで大きな一軒家に住み、車で通勤する落ち着いた雰囲気だ。AppleGoogleなどの企業が集まり、「OS・ハードウエア企業の聖地」といわれている。

       
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 僕は最初、サンノゼのほうに憧れを抱き、このあたりにオフィスを構えたいと考えていた。ところが、実際に訪れてみて感じたのは、「ここかぁ……」という気が抜けてしまうようなだだっ広い田舎。のんびりとした雰囲気と、一面に広がる山々を眺め、あらためて気づいた。ゲームをつくるなら、遊びに敏感な人たちを近くで見ていなければ、と。
 
 そんなプロセスを経て、サンフランシスコにオフィスを構えることにした。ちなみに最近は、サンフランシスコのなかでもSOMA地区というベイエリアが注目されている。日本に例えるなら、お台場のようなイメージ。元々は港湾や倉庫などの産業用地だったのが再開発され、高層ビルやマンションが建ち、新しい企業が集まってきている。
 
 シリコンバレーに身を置いていると、世界中から大量のお金が流れ込んでいることを感じる。期待の表れだろう。当社も、規模がもっと大きくなったら、サンノゼ方面への移転を検討するかもしれない。

 

構成/菊池徳行・馬島利花(ハイキックス)

     

2016/04/26執筆 再掲